「赤ちゃんのうちは甘いものを控えめに」とよく言われますが、その影響が数十年後の脳の健康にまで及ぶかもしれない——そんな研究が2024年以降、相次いで報告されています。英国の「砂糖配給制」という歴史的な出来事を利用した自然実験から見えてきたことを、落ち着いて整理してみましょう。
英国の「砂糖配給制」が生んだ、またとない自然実験
英国では第二次世界大戦中の1940年1月から砂糖が配給制となり、1953年9月に終了しました。配給下の摂取量は1日あたり約40gで、現在の食事ガイドラインに近い水準です。ところが配給終了後、成人の摂取量は1953年初めの約41g/日から1954年後半には約80g/日へと、1年ほどでほぼ倍増しました。
つまり1953年9月をはさんで生まれた赤ちゃんたちは、「妊娠中〜乳児期を砂糖の少ない環境で過ごした世代」と「多い環境で過ごした世代」に、きれいに分かれたことになります。しかも家庭の所得や教育水準といった条件はほとんど変わりません。
研究チーム(南カリフォルニア大学のTadeja Gracner氏ら)は、英国の大規模健康データベース「UK Biobank」から、1951年10月〜1954年6月生まれの配給経験グループと、1954年7月〜1956年3月生まれの未経験グループ、合わせて約6万人(調査時51〜66歳)を比較。2024年に科学誌「Science」で発表しました。
まず見つかったのは、体の変化
「Science」2024年の論文で報告されたのは、生活習慣病の差でした。お腹の中にいるとき(胎児期)に加えて生後2年以上、砂糖が少ない環境で育ったグループでは、次の傾向が確認されています。
- 2型糖尿病のリスクが約35%低下、発症年齢が平均4.17年遅かった
- 高血圧のリスクが約20%低下、発症年齢が平均2.12年遅かった
- 胎児期のみの制限でも、高血圧リスクは8%低下
興味深いのは、胎児期の曝露だけでリスク低下全体の約3分の1を説明できたという点です。妊娠中の母親自身の砂糖摂取が、独立した意味を持つ可能性が示されました。
数十年後の「脳」にも差が見えてきた
2026年に入り、この自然実験の分析は脳と心の健康へと広がりました。2026年7月29日に「Neurology」誌で公開された研究(筆頭著者は香港科技大学広州校のJiazhen Zheng氏)では、約6万4千7百人を平均15年間追跡しました。生後1年まで砂糖制限を経験したグループでは認知症のリスクが21%低下、生後2年までのグループでは23%低下。発症時期も、すべての原因による認知症で平均2.55年、アルツハイマー病で平均2.87年遅れていました。脳画像でも、神経細胞が集まる灰白質の量が多く、脳の血管ダメージの指標とされる白質高信号が少ないという違いが見られています。
同じ2026年、「npj Aging」誌の分析(筆頭著者Xingji Lian氏、上席著者Bing Zhang博士)では、UK Biobankの6万人以上のデータから、人生最初の1,000日間(妊娠期〜2歳)の砂糖曝露が少なかったグループについて、以下が報告されています。
- アルツハイマー病のリスクが46%低下
- すべての原因による認知症のリスクが27%低下
- うつ病のリスクが11%低下、不安症のリスクが20%低下
- 脳画像から推定した「脳年齢」が実年齢より平均0.39年若く、記憶に関わる海馬や視床の体積がより大きく保たれていた
分岐点は「離乳食が始まる頃」かもしれない
うつ病・不安症への保護効果は、生後6ヶ月以降——ちょうど離乳食が始まる時期——まで砂糖制限が続いた場合に、より強く表れていました。固形食が加わるタイミングが、ひとつの分かれ道になっている可能性があります。離乳食の進め方の基本も確認しながら、素材の味を中心に組み立てられると安心ですね。
数字の受け止め方 — 慌てなくて大丈夫です
「46%」といった数字を見ると不安になりますが、冷静に押さえておきたい点があります。
もうひとつ大切なのが、対象が1950年代の英国で生まれた人たちだということ。当時と現在では、加工食品の種類も生活環境も大きく異なります。2026年の日本で育つ子どもに同じ数字がそのまま当てはまるとは限りません。
もうひとつよくある誤解が「果物の糖分も同じように悪いのでは」というものです。問題にされているのは主に加工食品や飲料に加えられる添加糖で、果物にもともと含まれる糖とは分けて考える必要があります(ただし研究は当時の総摂取量の変化を見ており、両者を厳密に区別できていない限界も指摘されています)。
そして最も大切なこと。「うちの子にはもう食べさせてしまった」と考える必要はありません。過去の食事だけで将来が決まるわけではないので、自分を責めるより、これからの選択に目を向けていきましょう。
今日からできる、無理のない砂糖控えめ
公的なガイドラインは、こう整理されています。
- WHO(2015年): 遊離糖類(添加糖・はちみつ・果汁など)は総エネルギーの10%未満を強く推奨、5%未満を条件付きで推奨。成人の目安は1日50g以下
- 米国小児科学会(AAP)・米国心臓協会(AHA): 2歳未満には添加糖を含む食品・飲料を与えないことを推奨。味覚の基盤ができる時期で、素材本来の甘みで十分という考え方
- 厚生労働省「授乳・離乳の支援ガイド」(2019年改定): 離乳初期は調味料は不要。離乳が進んでも砂糖・塩は少量にとどめ、薄味を基本とする(数値の上限は示されていません)
そのうえで、家庭で取り入れやすい工夫を挙げてみます。ひとつずつで十分です。
- まず飲み物から見直す: 甘いジュースや乳酸菌飲料を水や甘くない麦茶に替えるだけで、1日の添加糖はかなり減ります
- 原材料表示を見る習慣: 「砂糖」「果糖ぶどう糖液糖」が上位に来ていないか確認を。市販品にも砂糖不使用タイプがあります
- 離乳食とおやつは素材の味で: にんじん・かぼちゃ・さつまいもの甘みとだしのうま味で十分。1〜2歳のおやつは「食事の一部」と考え、おにぎり・ふかし芋・プレーンヨーグルトや砂糖不使用の幼児用おやつを基本に
- 妊娠中は大人の砂糖も意識する: 胎児期の影響が全体の約3分の1を占める可能性を考えると、妊娠中の見直しにも意味があります
まとめ
英国の砂糖配給制という偶然の出来事は、「人生最初の1,000日の食事が、数十年後の体と脳に関わっているかもしれない」という、これまで確かめようのなかった問いに手がかりを与えてくれました。ただしこれは「甘いものを食べたら病気になる」という話ではなく、追試が必要な段階の知見でもあります。
離乳食期の薄味、飲み物は水か麦茶——そんな小さな積み重ねが、遠い未来につながっているかもしれない。そう思えたら十分です。食事全体が気になる方は、栄養バランスチェッカーで傾向を確かめてみてください。