「褒めて育てると、子どもは外からのごほうびがないと動かない子になる」——そんな話を育児書やSNSで見て、声をかけるのをためらった経験はありませんか。じつはこの通説は、「物質的なごほうび」と「言葉での称賛」を混同したことから生まれた誤解だと、動機づけの科学は示しています。この記事では、半世紀分の研究データをもとに「褒めていいのか、だめなのか」を整理します。
「褒めると動機が下がる」説はどこから来たの?
この話の出発点は、1973年にレッパーらが行った有名な実験です(Lepper, Greene & Nisbett, 1973年)。もともとお絵かきが好きな幼稚園児に「上手に描けたら賞をあげる」と予告して描かせたところ、その後の自由時間に自分から絵を描く時間が有意に減ってしまったのです。一方、予告なしに賞をもらったグループや、何ももらわなかったグループには変化がありませんでした。
「ごほうびのために描く」という意識が生まれると、「好きだから描く」という気持ちが押しのけられてしまう。これは過剰正当化効果と呼ばれます。この発見が広まる過程で、「報酬」も「褒め言葉」もひとくくりにされ、「褒めること全般が内発的なやる気を奪う」という拡大解釈が定着していきました。
日本では、2013年の『嫌われる勇気』のヒットで「アドラー心理学は褒めない」という考え方が知られるようになり、この流れがさらに後押しされました。ただしアドラー派が問題視するのは「評価・ランクづけやコントロール目的の称賛」であって、誠実に過程を認める声かけまで否定しているわけではありません。
カギは「物質的なごほうび」と「言葉の称賛」の違い
この混同を解いたのが、デシらが128の研究をまとめて分析した報告です(Deci, Koestner & Ryan, 1999年)。ここで重要な区別が示されました。
- 有形で・予告され・出来栄えに応じて与えられるごほうび(シール、おもちゃ、お金など)は、自由に選べる場面での内発的なやる気を有意に損なう
- 一方、言葉による称賛(「よくできたね」「頑張ったね」)は、興味や関心をむしろ有意に高めた
つまり「褒め言葉」と「物質的な報酬」は、やる気への働き方が根本的に違うということが、大規模なデータで裏づけられたのです。さらにこの分析では、有形のごほうびによる悪影響は大学生より子どものほうが大きいことも示されました。認知の発達段階の違いから、幼い子ほど「ごほうびのためにやる」という意識に切り替わりやすいと考えられています。
「シールやごほうびで頑張らせれば長続きする」というのは、残念ながら科学的には支持されていません。短期的には動いても、もともと好きだった活動への自発性はむしろ下がりやすいのです。
なぜ「褒め方」で結果が変わるの?
ではなぜ、同じ「褒める」でも効果が分かれるのでしょうか。これを説明するのが、デシとライアンの認知的評価理論です。外からの働きかけ(褒め・報酬)には、2つの側面があると考えます。
- 情報を伝える側面:「ここを工夫できたね」——できている事実を伝え、有能感や「自分で選んでいる感覚」を支える → やる気を高める
- コントロールする側面:「100点取らないとダメでしょ」——行動を外から管理しようとする → やる気を損なう
言葉の称賛は物質的なごほうびよりも「情報を伝える側面」が強くなりやすいため、内発的なやる気を損なうリスクが低いのです。
ヘンダーロングとレッパーのレビュー(2002年)も、称賛の効果は一方向ではないと整理しています。誠実で、努力や工夫に向けられ、他者との比較を持ち込まない称賛はやる気を支えます。逆に、コントロール的だったり、能力そのものを評価したり、他の子と比べたり、達成できない基準を示したりする称賛は、やる気を削いでしまいます。
褒め方の具体例は、姉妹記事「自己肯定感を育てる声かけの科学」でも、プロセス称賛と人物称賛の違いを交えて紹介しています。あわせてご覧ください。
日本のデータと「条件付き承認」という落とし穴
日本人を対象にした研究でも、同じ傾向が確認されています。西村・八木による調査(RIETI、2022年)では、親の褒め方と成人後の自己決定度の関係を分析しました。
- 「頑張ったね」(努力をねぎらう)→ 自己決定度・安心感ともに最も高い
- 「えらいね」(その子自身を評価する)→ 「頑張ったね」より自己決定度が低い
- 「ごほうびをもらった」(物質的報酬)→ 自己決定度が最も低い
努力や過程に向けた声かけが、長い目で見て自分で人生を選ぶ力につながりやすい——日本固有のデータでも、この方向性が示されました。
ここで注意したいのが、「褒めること」と混同されやすい条件付き承認です。これは「良い子・良い成績のときだけ愛情や承認を与え、そうでないときは引っ込める」関わり方を指します。アソールらの研究や、それらをまとめた分析(Assor et al., 2004年ほか)では、こうした関わりが不安症状の増加や自己肯定感の低下、感情のコントロールの難しさ、完璧主義的な傾向と関連すると報告されています。
では、どう関わればいい?年齢別のヒント
ここまでをふまえると、答えはシンプルです。「褒めるか・褒めないか」で悩むより、「どう褒めるか」に目を向けること。子どもの動機づけ本に頼りたいときは、子どもの動機づけと褒め方を扱った育児書も参考になります。
- 0〜2歳:言葉の意味より、明るい声のトーンや笑顔、スキンシップが主役。「できたね!」という応答が愛着を支えます。
- 3〜6歳:過剰正当化効果が起きやすい時期。「これができたらシールね」と先に物でつるより、できた過程をその場で言葉にしましょう。
- 7〜10歳:努力や工夫を認める声かけが、難しい課題への挑戦意欲を支えます。「頭がいいね」より「最後まで考えたね」。
- 11歳以降(思春期):他者比較が強まり、条件付き承認の影響も出やすい時期。結果と切り離して、本人の取り組みや選択を尊重する関わりを意識します。
完璧な声かけを目指す必要はありません。「ごほうびで釣る」より「過程を具体的に認める」を少し意識するだけで、子どもの「やってみたい」という気持ちは守られていきます。なお、ここで紹介した内容は研究にもとづく一般的な傾向であり、子どもの育ちには個人差があります。気になることがあれば、園や学校、専門家に相談してみてくださいね。