夜、ようやく寝た我が子の顔を見ながら「どうして自分だけ、こんなにしんどいんだろう」と感じる夜はありませんか。本記事では、育児の「つらい時期」が誰にでも訪れる波であることを調査データと心理学から読み解き、その波の存在を知っておくだけで少し楽になれる理由を整理しました。
「自分だけがしんどい」——その感覚は、実は多数派です
SNSには笑顔の育児があふれ、周りのママ・パパは余裕そうに見える。だからこそ「うまくできないのは自分だけ」と感じてしまう。けれど数字を見ると、その「しんどさ」はむしろ多くの親が共有しているものです。
- 子育て中に孤独・孤立を感じたことがある:女性で74.2%、男性で35.5%(PIAZZA「孤育て経験」調査、2022年、育児経験者998名への調査)
- 子どもが0歳のときに孤独を感じた:57.9%(同調査)
- 孤独を感じる場面の1位は「子どもと二人きりでいるとき」(同調査)
孤独感は育児中の親に限った話でもありません。内閣府が令和6年に行った全国調査では、孤独感が「ある」と答えた人(しばしば・時々・たまにを合計)は39.3%にのぼり、前年と同水準でした。「みんな平気そうなのに」という印象と、実際のデータには、大きなギャップがあるのです。
しんどさは「波」でやってくる — 育児の山場マップ
育児のつらさは、ずっと一定なわけでも、赤ちゃん期だけのものでもありません。子どもの発達段階に合わせて、何度か「山場」として訪れます。これは親の力不足ではなく、子どもの成長に伴う構造的なものです。
各種調査でも、しんどさを感じる時期は分散しています。HugKumの保護者アンケート(数百名規模)では「子育てがいちばんしんどい時期」として1〜2歳が最多に。内閣府の子ども・若者白書をもとにした集計では「幼児期(1歳〜就学前)」が33%、「乳児期(0〜1歳)」が28%と上位を占めます。ママリの調査でも、新生児期(0〜3ヶ月)20.0%、乳児期(3〜11ヶ月)18.0%、幼児期(1〜2歳)16.0%と、生まれてから3歳頃まで断続的に山場が続く実態がうかがえます。
代表的な山場を並べると、こんな波が見えてきます。
- 生後3週間ごろ(魔の3週目):泣き声の量と強度が最大になりやすい時期。生後3〜6週間ごろにピークを迎えることが多いと指摘されています(Purple Cryingの概念、Barr 2009年)
- 生後3〜6ヶ月:睡眠が再び不安定になり、夜間の疲労がたまりやすい
- 1〜2歳(イヤイヤ期):自己主張が一気に強まり、指示が通りにくくなる。多くの調査で「最もつらい」上位に
- 3〜4歳:「魔の3歳児」とも呼ばれ、複雑な交渉や試し行動が増える
- 6〜7歳(小1の壁):生活リズムが激変し、学校行事や宿題への関与が増える
- 9〜10歳(10歳の壁):抽象的な思考や他者との比較が始まり、子どもの情緒が複雑になる
- 12〜18歳(思春期):反抗や感情の揺れが親のストレス源になりやすい
興味深いことに、つらさは赤ちゃん期で終わりません。Umberson らが2018年に発表した研究では、親の幸福感やストレスは子どもの年齢によって変化する「アーチ構造」を持ち、思春期の子を持つ親で親役割への幸福感が最も低くなる可能性が示されています。一方で乳幼児期は負担の強度が高いぶん、「意味を感じる」度合いも高いという、複雑な姿が浮かびます。
「波がある」と知っているだけで、なぜ楽になるのか
この記事でいちばん伝えたいのは、「つらい時期が誰にでも来る」とあらかじめ知っておくこと自体に、心を守る力があるということです。これは精神論ではなく、心理学で説明できる仕組みです。
「自分だけじゃない」という気づきの力
集団療法の研究で知られるヤーロムは、人が回復していくときに働く要因のひとつとして「普遍性(ユニバーサリティ)」を挙げました。「苦しんでいるのは自分だけではない」と気づく体験が、孤立感をほどき、変化の土台をつくるという考え方です。記事を読んで「うちだけじゃなかった」と感じる、その瞬間にも、同じ力が少しだけ働いています。
「異常なこと」だと思うと、脅威は大きくなる
心理学者のラザルスとフォルクマンが1984年に示したストレスの認知評価理論では、同じ出来事でも「これは自分の手に負えない異常事態だ」と評価すると脅威が大きくなり、「これは誰にでも起きる、想定の範囲内のことだ」と評価できると脅威が小さくなる、とされています。「今が山場なだけ」という見方は、同じしんどさへの感じ方そのものを変えてくれるのです。
先に知っておくと、消耗が減る
困難を事前に知っておくと心の準備ができ、実際に直面したときの消耗が少なくなる——これは「予期的コーピング」と呼ばれる考え方です。実際、Haga らが2019年に報告した産前の心理教育プログラムの研究では、「産後にはしんどい時期が普通にある」と前もって伝える働きかけが、産後の落ち込みや育児不安の予防に役立つことが示されました。「知っておく」ことそのものに予防効果があるのです。
波を乗りこなす、小さなコツ
完璧な解決策ではなく、「これなら試せそう」と思えるものを一つだけ選ぶ、くらいの距離感でどうぞ。
- 今が「波のどのあたり」かを言葉にしてみる。「これはイヤイヤ期の山場」「小1の壁の時期」と名前をつけるだけで、終わりのある現象として捉えやすくなります。
- しんどさを点数にして書き留める。今日の消耗度を10段階で記録しておくと、感情の消耗が早めに見えてきます。気持ちを紙に書き出すだけで頭の中が整理されたという声も多く、育児日記やジャーナリングノートを一冊置いておくのも一つの方法です。
- 「子どもを愛していても疲れる」を受け入れる。愛情と消耗は両立します。疲れていることは、愛情が足りない証拠ではありません。
- 一日5分だけ、子ども以外のことに使う時間を確保する。回復は大きな休息より、小さな区切りの積み重ねから始まることがあります。
- 波の話を、誰か一人に話してみる。「今しんどい時期でさ」と一言こぼすだけでも、普遍性の力が働きます。
それでも気持ちの整理が追いつかないときは、親のバーンアウトとセルフケアの本のように、しんどさを言葉にする手がかりを持っておくと、波のなかで自分の現在地を確かめやすくなります。
それでも辛いときは — 一人で抱えない選択肢
「眠れない夜が続く」「涙が止まらない」「子どもの前で笑顔が作れない」——そうした状態は、性格でも愛情不足でもなく、心と体が出している警報です。波が深いと感じるときは、追い詰められる前に次の窓口を使ってかまいません。
- よりそいホットライン:0120-279-338(24時間365日・無料)。育児の悩みや孤独感など、幅広い相談に対応しています。
- まもろうよこころ(厚生労働省):電話・SNSの相談窓口を、悩みや時間帯から探せるポータルです。
- 子育て世代包括支援センター(各市区町村):保健師・助産師などが常駐し、妊娠期から子育て期まで無料で相談できる、地域の身近な窓口です。
眠れない日が2週間以上続く、涙が止まらない、何も手につかない——そんな状態が重なるときは、心療内科・精神科の受診も選択肢のひとつです。相談することは弱さではなく、長く続く育児を支える土台を守るための動きです。
育児のしんどさには波があり、今がその山場なのかもしれません。けれど波には、必ず引いていく時間もあります。「自分だけじゃない」「今が山場なだけ」——その二つを覚えておくだけで、今夜の重さが少しだけ軽くなりますように。