「赤ちゃんの部屋は涼しめに」と本に書いてある一方で、実家に帰れば「体を冷やしちゃだめ」と一枚多く着せられる。この二つは矛盾しているように見えて、実は同じ一つの原則を別の角度から言ったものです。この記事では、乳児の体温調節の仕組みと安全な睡眠の推奨をもとに、室温と衣類の組み合わせ方を整理します。
「涼しく」と「冷やさない」は、実は同じことを言っている
まず結論からお伝えします。この二つの指導が矛盾して聞こえるのは、室温と衣類を別々のものとして考えてしまうからです。
赤ちゃんの体を包んでいる温かさは、「室温」+「着ているもの」+「かけているもの」の合計で決まります。大切なのは、この合計を赤ちゃんの体温調節能力に合った範囲に収めること。「室温を下げる」も「体を冷やさない」も、どちらも「合計を過不足なく保つ」という一つの原則の言い換えなのです。
ところが実際には、心配な気持ちから厚着と暖房の両方を強めるという組み合わせを選んでしまう家庭が少なくありません。これは合計が最も高くなる、いちばん避けたいパターンです。
なぜ赤ちゃんは「温めすぎ」に弱いのか
大人なら暑ければ汗をかき、布団を蹴り、寝返りを打って熱を逃がします。ところが乳児は、そのどれもがうまくできません。睡眠中に体温が上がりすぎても効率よく発汗して熱を逃がすことが難しく、さらに深い睡眠に入ると筋緊張が下がるとともに、交感神経系の応答(いわゆる覚醒反応)も鈍くなることが指摘されています。「暑くて苦しいから目を覚ます」という、大人には当たり前の防御反応が働きにくいのです。
Bach と Libert による2022年の総説(小児科学の専門誌に掲載)では、厚着や掛け布団の使いすぎによる過剰な保温と、それによる高体温が、乳幼児突然死症候群(SIDS)の症例でしばしば見られる所見だと指摘されています。同じ総説は、熱ストレスが赤ちゃんの覚醒反応・呼吸中枢の応答・脳への酸素供給・心臓の反応を障害しうるメカニズムを整理しています。
頭は「熱の逃げ道」
同じ総説が特に注意を促しているのが頭部です。頭は体の熱を逃がすこと、熱を生み出すこと、自律機能のいずれにも大きく関わっているため、頭に熱がこもる状態は避けたいとされています。出産直後に低体温を防ぐため帽子をかぶせるのは有効でも、家に帰ってからの室内での睡眠中は話が別です。米国小児科学会(AAP)は、屋内では赤ちゃんに帽子を着用させないことを推奨しています。
季節によって、気温との関係は変わる
Jhun らが2017年に発表した研究(疫学の専門誌に掲載)は、1972〜2006年の米国210都市で報告されたSIDS症例6万364件を分析しました。その結果、夏季に気温が5.6℃上昇すると、その日のSIDSリスクが8.6%高くなる一方、冬季の気温上昇はリスクを3.1%下げるという、季節で逆方向の関連が報告されています。さらに、生後3〜11か月の赤ちゃんは、生後0〜2か月の赤ちゃんよりも夏季の気温上昇の影響を強く受けていました(16.9%に対して2.7%)。月齢によっても環境温度への感受性は変わりうる、ということですね。
公的な推奨は「部屋を暖める」
では、具体的にどうすればいいのでしょうか。国内外の推奨を並べてみます。
- 厚生労働省の研究班報告では、赤ちゃんを布団や着衣で温めるよりも、部屋全体を暖めるほうがSIDSの発生率が低いことが示されています。
- こども家庭庁は2024年、啓発リーフレット「寝ている赤ちゃんのいのちを守るために」を改訂し、「掛けぶとんは使用せず、服装で温度調節しましょう」という記載に改めました。
- 日本小児科学会は2025年1月、このリーフレットに対する見解を発表しています。啓発の意図自体は支持したうえで、一律の「使用禁止」は日本の実情との隔たりが大きく、代替策の安全性のエビデンスも十分とは言えないとして、表現の見直しを要望しました。あわせて、掛けぶとんを使わないよう勧める対象を生後2〜3か月頃から12〜13か月頃までに限定すること、乳児用スリーパーなど保温の代替案を具体的に示すことを求めています。
- 米国小児科学会(AAP)は、寝室の温度について具体的な数値基準は示していません。代わりに「大人が心地よいと感じる室温に保ち、赤ちゃんには大人と同じ環境でもう1枚多い程度の衣類にとどめる」ことを推奨しています。
- 英国のThe Lullaby Trustは、乳児の寝室を16〜20℃のやや涼しい温度に保つことを推奨しています。
なお日本国内の育児情報では、冬季の室温の目安として暖房使用下で20〜23℃程度、新生児の場合はやや高めの23〜25℃も許容範囲とされることがあります。乳児は基本的に「暑がり」の体質なので、大人がやや肌寒く感じる程度がちょうどよい、という考え方です。数字は目安として持ちつつ、次にご紹介する体のサインで確かめるのが確実です。
スリーパーとTOG値
掛け布団・毛布・キルトは、月齢の低いうちは推奨されません。赤ちゃんは自分でかけ直せないため、はだけて冷えてしまったり、逆に顔にかかって窒息のリスクになったりするからです。その代わりとして使われるのがスリーパー(スリーピングバッグ)です。
The Lullaby Trustは、スリーパーを室温に応じてTOG値(保温性を表す指標)で使い分けるよう案内しています。目安は、夏場が0.5TOG、春秋の中間期が1.0TOG、冬場が2.5TOG。ただし同団体は、室温と衣類の枚数を対応させた具体的な早見表は提供していません。製品ごとに素材の断熱性が異なるためです。手持ちのスリーパーのTOG表示を確認して、季節で入れ替える運用がわかりやすいでしょう。
「暑すぎ・寒すぎ」を体で確かめる方法
数字よりも確実なのが、赤ちゃんの体を直接触ってみることです。The Lullaby Trustが案内しているのは、胸や首の後ろを触って、熱がこもっていないか、逆に冷たすぎないかを確認する方法です。汗ばんでいたり、しっとり熱を持っていたりすれば、着せすぎ・暖めすぎのサイン。一枚減らすか、室温を下げてみましょう。
寝室の状態を客観的に把握したいなら、温湿度計を寝床の近く(暖房の風が直接当たらない場所)に置いておくと、朝晩の変化がつかみやすくなります。ただし数字はあくまで補助で、最終的な判断は体に触れて確かめるほうが確実です。
冬に向けて、今日から整えられること
秋から冬にかけて、寝室環境を見直すときのチェックポイントをまとめます。
- 「厚着+暖房強め」になっていないか確認する。厚着をさせるなら室温は上げすぎない、部屋を暖めるなら衣類は控えめに。
- 掛け布団の代わりにスリーパーを検討する。月齢によっては掛け布団は推奨されていません。
- 室内では帽子をかぶせない。頭は大切な熱の逃げ道です。
- 寝る前と夜中に、胸か首の後ろを触る習慣をつける。手足ではありません。
祖父母世代の「冷やしちゃだめ」という言葉は、赤ちゃんを思う気持ちから出たものです。否定するのではなく、「部屋を暖めるほうが安全だと今は言われているんだって」と、方法のほうを更新して共有できるといいですね。
気になることがあるときは、かかりつけの小児科医、お住まいの市区町村の子育て世代包括支援センター、産後ケア事業や助産師相談を頼ってみてください。一人で正解を探さなくて大丈夫です。